入門の法律 図解でわかる労働法

 本書の前身『入門の法律 労働法のしくみ』の初版が発行された平成11年4月は、未だ平成不況のまっただ中で、出口の見えない不況が続いていました。現在は、ようやく平成不況を抜け出し、しばらく好景気が続いたものの、またサブプライムローン問題や石油価格の高騰の影響を受けて景気の雲行きは怪しくなっています。

 このような時代背景の中で、労働法、労働問題は、従来にもまして多様化し、多くの法律の制定や改正が行われ、新しい判例も数多く形成されてきました。
 この10年ほど、個別民事の労働紛争が多くなり、従来の訴訟を前提とする解決方法では処理できないために個別労働関係紛争解決促進法が制定されましたが、さらに、それでも不十分であるとして労働審判法ができ、裁判と調停をあわせたような解決方法が可能となっています。そのほか、労働者派遣法も従来のポジティブリスト方式からネガティブリスト方式に変わり、規制緩和により製造業での労働者派遣事業が認められ、派遣期間の延長が可能になったり、期間の制限が撤廃されるなどにより格段の便宜が図られましたが、他方で偽装請負、偽装出向の根深い問題も浮き彫りになっています。男女雇用機会均等法は平成9年の改正で、それまでは努力義務としていた「募集・採用、配置・昇進において均等な機会をあたえないこと」を違法として禁止扱いいし、さらに、平成18年の改正により、男性に対する差別も禁止しました。
 裁判例では、過労自殺について企業の自殺に関する安全配慮義務違反が明確にされた電通事件の最高裁判決や、労働時間について実務に計り知れない影響を与えた三菱重工業長崎造船所事件の最高裁判決、労働条件の不利益変更について経過措置の面からの新しい基準を設けたみちのく銀行事件の最高裁判決など、斬新な判決は枚挙にいとまがありません。
 このように、いつの間にやら労働法も法律の中でもかなり重要なポジションを占めるようになり、企業や労働者も労働法について真剣に学ぶようになってきているようです。書店でも労働法関係の本はかなりのスペースを占めるようになって人気が出てきたようであり、労働法関係の仕事を続けている私にとって喜ばしい事態となりました。
 ただ、労働法や労働問題はこれだけ変化しているようにみえても、労働法の根本はそれほど変わっていません。新しい法律や改正法の改正点のみをみても技術的でわかりづらいものが多く、その理解に苦労されている方も少なくないでしょうが、それはあくまで枝葉末節の断片的な一部にすぎないものが多いからです。労働法体系との関係で理解すれば意外に簡単なものも多く、斬新な判例もありますが、決して唐突なものではなく、発想を転換し理論的には判断が可能なものばかりです。
 いずれも、基本書を繰り返し読むことではじめてそれからの新しい法律や改正法が理解できるということも少なくありません。その意味で労働法を勉強するには基本書を読むことがきわめて重要です。

 本書は、これまでの伝統的な労働法、労働問題について取り上げるとともに、最近行われた男女雇用機会均等法、パート労働法、労働基準法、労働者派遣法、育児・介護休業法、雇用対策法、労働契約法などの制定、改正も加えて最新の内容にしたものです。基本書とはいかないにしても、労働法の全体像を見渡せる内容となっています。どうしても、初学者は「木を見て森を見ず」の弊害に陥りやすいのですが、その枝の部分も太い根の部分との対比ではじめて本当の意義が理解できるわけであり、その意味で常に基本に立ち帰ることが必要となります。本書をそのような考え方から利用していただければこれに勝る喜びはありません。

書誌情報

発行年月日2008/2/21
著者外井浩志
出版社日本実業出版社