労災裁判 1988-2007 安全配慮義務から職場環境配慮義務へ
本書は、「労働基準広報」の12月21日号に20年間継続してきた特集「年末特別企画・今年の労働裁判を振り返る」をまとめたものである。20年間というのは、初回が昭和63年であり最終が平成19年であるが、平成20年にも21回目を掲載させていただいている。
労働裁判は、大別すれば、使用者に対する損害賠償請求事件と労働基準監督署長等に対する行政取消訴訟とに二分されるが、平成5年頃より過労死に関する行政取消訴訟事件、平成12年頃より過労自殺に関する行政取消訴訟事件が急増し、他方において、使用者に対する損害賠償請求訴訟が減少傾向にあり、どうしても比重は過労死・過労自殺の行政取消訴訟になってきたという特徴がある。また、紹介した事件は労働裁判とはいっても、その範囲は必ずしも明確ではなく、ここでは一部セクシャル・ハラスメント事件も対象にしたし、安全配慮義務の関係では労災ではない事件についてもまた、損害論で参考になる場合には自動車事故についても紹介した。
結局、その場その場の判断で、労災事件に限らず重要であると思われるものは紹介してきた。そして、紹介してきた裁判例の数は毎年30件から40件くらいあるので、20年で700件くらいの裁判例を紹介してきたということになる。700件と一口にいうが、隅から隅まで読んでいるわけではないにしても、1つの判決に平均40分くらいは時間をかけて読んでメモをとり記述しているとすれば、それだけでも466時間となる。また、元原稿は、1回あたり15,000字くらいであるから、20年で合計すると30万字ということになり、200字詰め原稿用紙で1,500まいということになる。継続は力なりというが、気が遠くなるような数量であり、よく続けることができたと思う。
さて、紹介した判決の中でもいろいろ記憶に残っているものがあるが、一番記憶に残っている判決は、やはり電通の過労自殺事件である。まず自殺で使用者が責任を問われるのかという点で驚きであったし、上告審判決で、控訴審判決が30%を減額したのを取消したのも驚きであった。しかも、その取消の理由が驚きであった。裁判官はこのような判断をするのかと、自らの認識を変えざるを得なかった。
次に記憶に残っている判決は、自分も関与してきた時期も長ったせいもあるが、筑豊じん肺訴訟事件である。一時期石炭じん肺訴訟、トンネルじん肺訴訟が全国各地の裁判所で提訴されていたが、あの石炭じん肺訴訟で被告国の責任が認められるとは全く想像もしていなかった。その他、過労死のシステムコンサルタント事件の控訴審判決も個人の健康問題と安全配慮義務違反を問うた事件で印象に残っている。
とにかく、裁判所は労災の損害賠償請求では使用者に対する責任の判断は極めて厳しいというのが特徴である。特に、予見可能性の判断では、裁判所は事後的判断のせいもあると思うが、使用者の予見可能性をあまりに厳しく解しすぎているように思う。この20年という流れの中で、労働者の健康や安全に対する考え方がかなり高度化かつ多様化してきたことは自明であり、それが行政を動かし法制化されて企業に大きな影響を与えてきたのであり、その意味でも裁判例に学ぶところは多いといえる。
本書は読み物として決して読みやすい本ではなく、どちらかというと資料集としての意味合いを持つ方もいるであろうが、この20年という時代の流れの中で、それぞれの判決がどのような意味を有していたのかを知るという意味では充分活用することができるのではないかと思う。
書誌情報
発行年月日 | 2009/07 |
著者 | 外井浩志 |
出版社 | 労働調査会 |