競業禁止義務をめぐるトラブル解決の手引き

 本書は、労働者または取締役の退職、職業選択の自由、競業禁止義務に関する本であり、関係する法令としては、日本国憲法、会社法、商法、民法、労働基準法、特許法、不正競争防止法などの多い分野ですが、本書は、法令の解説というよりは、これまでの退職、競業禁止義務、退職金などの裁判例の紹介とそのエッセンスをQ&Aでまとめたものです。
 ここ7、8年、終身雇用という慣行が相当に後退し、労働者の流動化も相当に進みました。それに伴い、今すぐに成果を出し、今すぐその対価としての報酬をもらいたいという傾向が強くなり、他面においてこれまでのように就職した一社にしがみつくのではなく、自分をよく評価してくれる会社、より良い待遇の会社に転職するという傾向が顕著になりました。新しい企業を創立し、成功した若い経営者も多く出現しています。
 その一方で、労働者の流動化は、ITの普及と相俟って営業秘密の流出という問題を生んでいます。また、辞めた社員の同業他社への就職や同業の独立営業の問題も多発しています。辞めた社員はもちろん、その辞めた会社で携わった業務に対する知識、情報を有していますし、それに関連する資料も当然持ち合わせており、退職する際に、電子データであればその営業秘密や資料をそのままそっくり持ちだすということも十分に可能になっています。
 このように、労働者の流動化と営業秘密の流出、同業他社への就職、同業の独立営業などの現象は、既存の企業にとってはまさに存亡の危機ともいえる事態を生み出すこともあります。これまで社員の退職・独立に寛容であった大企業が異常に神経質に反応し、過酷な内容の誓約書を提出させようとしたり、競業の会社を設立すれば厳しい内容の警告書を送りつけ、営業秘密の確保・保持に懸命になっている様子を、しばしば目にするようになりました。
 しかし他方、本来労働者には職業選択の自由があり、それを保障するための退職の自由も保障されているのですが、多くの企業は直接間接的な形でこれらの自由を制限しようという傾向にあります。

 本書では、多くの裁判例を紹介し、現実に裁判所の判決・決定においてどのような解決が図られているのかについて検討してみました。これからは、営業秘密の保護、会社の利益の保護と社員の転職の自由、営業活動の自由との間のバランスをいかに取るかについて相当苦慮し、妥当な解決を模索している様子がうかがえます。裁判例にも一定の傾向は認められるものの、いまだに確定的な判例と呼ばれるようなものは形成されておらず、それは今後の法制度の制定と判例の形成にかかってくるように思われます。今回、多くの裁判例を見る機会に恵まれましたが、本書を理論的な書物ではなく、紛争解決のための実践書として活用して頂ければと考えております。

書誌情報

発行年月日2006/05
著者外井浩志
出版社新日本法規出版