Q&A 精神疾患をめぐる労務管理

 本書は、ここ数年、職場の労務問題の中で圧倒的な地位を占めているうつ病を中心とする精神疾患についての労務管理面からの概説書です。精神疾患は、かつては体質だ、遺伝だと言われて、業務によって精神疾患が発生すると主張することがタブー視されていた感がありましたが、かなり以前から、うつ病、統合失調症を発症する労働者は少なくありませんでした。それらは、ある意味では体質や遺伝によるものと差別され、業務とは無関係であるとして、労務問題としては取り上げてこられなかったのです。
 ところが、ある事件の過労自殺問題を契機として、現在ではそれらの状況が一変し、精神疾患は業務によっても起こり得るものであるという風潮になってきています。その考え方にも誤解はあるかとは思いますが、企業社会における長時間労働問題、セクハラ・パワハラ問題が職場の精神疾患にかなり寄与しているとみることも可能であって、企業社会にも精神疾患を引き起こす要因があることは通説的な見解となっています。そこに、うつ病を中心とする精神疾患への対応が労務問題である、という根拠があります。その意味で、精神疾患に関する労務管理は、本来は精神疾患の発症に寄与する原因を究明することから始まるべきではありますが、医学的にも社会学的にも、何故、このように職場の精神疾患が増加してきたのかについて説得力のある解説がなされているとはいえません。
 その原因は種々あると思いますが、なかなか自信をもってこれが原因といえるものが発見されていないのです。そのような状況で、職場における精神疾患についての議論は、いろいろな原因を推測しているに過ぎず、最大の課題ではあるものの、その解明の見通しすら立っていないの現状です。

 これらの精神疾患の労務管理については、疾病である以上は医学的な問題であることから、弁護士だけで対応することはできません。しかし、職場の労務問題であることから、相談を受ける弁護士が、そんなことは医師に聞けという対応をすることは許されません。ですから、労務管理を行う会社の担当者やその相談を受ける弁護士としても、うつ病を中心とする精神疾患の一応のことは理解しておかなければならないと思います。もちろん、その対応の実務では常に産業医、主治医、専門医の診断や意見を尊重しなければならないことはいうまでもありません。その意味で、本書の執筆に当たっては、弁護士3名だけで書くことはなかなか勇気のいることでした。
 当事務所においてもここ数年の相談をジャンル的に分類すれば、うつ病等の精神疾患に関連する労務管理問題が最も多く、医師ではないから分からないなどと判断を避けることは許されないことですが、かといって、医師ではない弁護士では、本著にも限界があるということをご承知いただきたいと思います。

書誌情報

発行年月日2012/9/1
著者外井浩志
出版社新日本法規出版